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2007年9月

2007年9月30日 (日)

2007-09-30 エンスト無縁

アドレスに乗ってから半年ほど。走行は4,000km くらいになった。

この間にメインスイッチを切ったときの他にエンジンが止まったことは一度もない。燃料噴射だから寒くても暑くても低地でも高地でも快調だし、自動遠心クラッチだからエンジンの止めようがないというのが事実か。

始動性も満足いくものだ。スターターモーターなら 0.5秒 ほどで始動していると思う。キックは 125 にしては重いと感じた。いいかげんにキックするとかからない。力強くキックすれば冷間時でも必ず1回で始動する。

タイヤの空気は以前2週間で 10kPa ほど抜けている気がしたが、最近の2週間では変わらなかった。

冷間始動時に回転数が上がらないのも気に入っている。早朝で高いアイドリングはちょっと気が引けるからだ。暖気は必要に応じてスロットルを開けねばならないが、これはしかたがない。燃空比制御が適切なのか、暖気時の排気が臭くないのは特筆もの。


ヤマハモーターヨーロッパが 125 のスポーツ車を発表したようだ。日本には入ってこないと思うが(125 ~ 750 に人気がない)、こういう車で走るのって、いいと思う。

2007-09-30 雨

雨。

2007年9月29日 (土)

2007-09-29 安全

スクーターの楽しみも安全あってのことだ。

安全のためには「テクニック」は不要だと思う。必要なのは「こころがけ」だ。

まず、「自分は遊びで走っている」ということを心の底レベルで理解することは大切だと思う。私はバスが発車するときには先に行かせるし、タクシーのじゃまはしないよう心がけている。箱根で観光バスの後ろは残念ではあるが、むこうは仕事なのだ。

安全のためには余裕があればいい。余裕とは時間だ。何かが起こったときによけたり止まったりする時間さえあれば事故は起こらない。前の車がマフラーやデフを落としてもだいじょうぶなつもりで運転すれば、追突も起こしにくくなるだろう。

まだ止まりきっていない四輪車の脇をすり抜けていくのも考え物だ。道路に犬猫の死体があったりして自動車が反射的に左に寄ってもだいじょうぶな運転をしようと思っている。自動車が急に左をふさいだりドアを開けることは必ず起こると割り切っていた方がいい。

後ろから車間距離を詰めてきたり蛇行したりシフトをくりかえして大きな音を出す車は当座は無視するしかない。変な奴に注意力を乱されるのはつまらない。

以前に改造モンキー暴走族の群れに囲まれて数キロ走ったことがあった。ブオーブオーとうるさいのには閉口したが、キミたちは眼中にないという態度で5キロも走ったら飽きたのか先に行かせてくれた。

窓が真っ黒でドンチャカ音楽を鳴らしている車もフェラーリも、前が空いていない公道ではおじいちゃんが運転するミラや八百屋の軽トラと同じだと思うことにしている。

つまらないことで心を乱すことがないよう、晴れた日の山奥の湖のような平常心でアドレスに乗っていたい。

2007年9月27日 (木)

2007-09-27 地図を購入

昭文社スーパーマップルの「関東道路地図」と「中部道路地図」とをオンライン書店で注文。

同社の「ツーリングマップル」は広く人気があるが、縮尺が14万分の1でちょっと細かい。脇道に折れて山あいを行くには使いづらいように思った。スーパーマップルは関東版を長く使ってきて気に入っている。大型本でタンクバッグなどには不向きだが、アドレスGのフロントインナーポケットに入るのでだいじょうぶ。信号待ちでさっと取り出せる。一面が広い地図は見通しが良くて助かる。

2007年9月24日 (月)

2007-09-24 特別な部品

部品番号 S0040-21670
スズキアドレス125のサービスマニュアルをラフ&ロードで見かけて購入した。

図や写真が豊富で、文章もとても読みやすい。昔のホンダ CB125T のマニュアルはもっとずっとそっけなかったように記憶している。おそらく最近のメカニックは読みづらいマニュアルを読んでくれないから、各社とも知恵を出しているのだろう。

このマニュアルで感心したのは、分解・組み立てがプラモデルのように順を追って解説してあることだ。基礎力のあるメカニックならあれこれ悩まずに作業できると思う。

乗り手である私が思いもつかない部品がたくさん使ってあり、安全第一の工業製品の偉大さを思う。これだけのものをあの価格で販売するのは奇跡のようだ。

サービスマニュアルを見るのも私にとってはアドレスの楽しみの一つだ。
Service_manual01





ベルト変速機のしくみもよくわかる(実物の印刷はずっときれいだが、複製にあたらないようやや暗くして質を落として掲載)。

Service_namual02

2007-09-24 冬物ジャケット

真冬にバイクに乗る寒さは経験のない人にはわからないんじゃないかと思う。リンケによる体感温度の計算式は

 体感温度 = 気温 - 4×風速の平方根

となっている。

気温+5℃のときに時速60km/h(風速16.67m/s)なら

 5 - 4 * 4.082483

 = -11.33

となり、マイナス11度の冷凍庫に入ったのと同等の寒さを感じることになる。昔アルバイトで零下20度の冷凍庫で作業をしたことがあるが、氷点に近い中を走るよりはよほど楽だった記憶がある(体を動かしてもいるが)。

前置きが長くなった。アドレスで冬も元気に走りたいので、今日は冬物を買いに横浜市の「ラフ&ロー」という用品店に行ってきた。

同じく横浜市の「NAPS」も立派な店だが、ラフ&ロードも豊富な品揃えで、バイク好きなら一日居着いてしまうだろう。日本の若者の数は少なくなっているが、購買力のある層はむしろ増えているのだろうか。

すばらしいウェアもたくさんあるが、価格も立派だ。最初から高価なものを選んでも後で気に入らない点が出ると困る。まずは低価格帯の「エキスパートウインタースーツ RR-6515」で様子をみることにした。上下セットで2万円弱だ。

手袋はどうしようか。昔 CB125T で真冬を走って思い知ったが、どんな手袋よりもハンドルに付けるカバーのほうが暖かい。冬ツーリングの達人ダー岩井さんもアドレスに装着している。カバーがあれば手袋は薄くて済むから操作性がいい。

カバーは後日考えることにして、あまりゴワゴワしないツーリング用の冬物グラブを買っておいた。

準備万端。

2007年9月23日 (日)

2007-09-23 Made in China があたりまえになる日

アドレス125のリコール対策部品交換をした。ついでに二度目のオイル交換。フィルタエレメントは交換しなかった。

作業中に店内を見て回ったが、展示してある二輪車が日本市場の変化を物語っている。

ホンダ NSR250 シリーズの程度の良い中古車の値札が 50~90万円。おそらくもう生産されない高性能2ストロークサイクルだ。パワーバンドにうまく乗ったときのあの快感は高回転型の4ストロークサイクルとは違う独特のものだ。世界中で生産が止まり、いよいよ稀少なエンジンになるのだろう。

スクーターを見ると、ブランドは日本(ヤマハ・スズキ)だが製造は台湾というものが多い。また、キムコやSYM、PGOといった台湾メーカーの車もごく普通に展示してある。

珍しく125ccの舗装路スポーツ車が展示してあった。聞くと中国製造のスズキだ。調べてみると、ホンダ・ヤマハ・スズキ各社が125ccスポーツ車を中国の現地法人で生産していて、日本にもけっこう入ってきている。

気がつくと自国製品が少なくなっているというこの感覚、数十年前の西ヨーロッパ・アメリカの人たちも味わったことだろう。当時、「メイド・イン・ジャパン」のステッカーは安物の証(あかし)で、あまり人に見せたくないものだった。

「日本人が作ったバイク? 安いけどダメなんじゃない?」

しかし、気がつけば潮が満ちるように日本車は第一勢力になっていた。

レーサー複製車や先端技術を投入した車以外では、中国製二輪車はまず間違いなく日本市場(世界市場)を押さえるだろう。

日本メーカーはハーレーやBMWのような、ブランド力で勝負できる商品に移行しようと必死のはずだ。だが、新聞配達バイクや高校生向けスクーターを生産する会社がそうなれるのだろうか。

スーパースポーツと新聞配達バイクとを同一メーカーが製造するというのは、フェラーリやポルシェが中国で軽トラックを製造するようなものだろう。

商品は違うが、腕時計の世界が参考になる。スイスのロレックスは数千円の時計は作らずに確固たるブランド力を維持している。セイコーは高級時計を生産してはいるが、同時に低価格品もそろえたために高級メーカーとしては認識されない道を選んでしまった。

ホンダやヤマハはロレックスになるのか、セイコーになるのか。

2007年9月22日 (土)

2007-09-22 オイル粘度?

燃料キャップリコールの通知が来たら、リコール処置と同時にエンジンオイルも交換しようと思っている(なぜかまだ通知が来ないが)。

今日は気温が高かったせいもあるのだろうが、停止時のエンジンブレーキの感触がちょっと違う。わずかに「ヒューン」という音が混じり、エンジンブレーキの効きも強くなったような気がする。これはひょっとしてオイル粘度が下がっているからか。

オイルを売る側の広報作戦は相当強力だし、自動車雑誌等はデータによらずに感覚で書いた記事を平気で載せる。日本全体では年間かなりの出費がされている一大産業のはずだが、かなり伝説に取り巻かれている気がする。

・オイルの色が黒くなるのは、オイルの質が落ちたことを示すのか?
・手に付けて「サラサラになってきた」と感じるのは潤滑性能の低下を示すのか?
・人間が感じるシフトのスムーズさはオイルの性能を示すのか?
・高いオイルを入れるよりも安いオイルをこまめに換えろというが、千キロ走った高級オイルのほうが安い新品オイルよりも(まだ)性能が高いとしたら...

アイ・ワークスという自動車部品製作所の記事「ひとこと」には参考になるものが多い。「エンジンオイルについてのひとこと」を読んでもっともだと思った(四輪車向け記事なので注意)。

&Poer.com というメンテナンス記事等のサイトにもとても参考になるオイルの記事がある。

※ 私はアイ・ワークスや &Power.com とは利害関係にないことを書き添えておく。

2007-09-22 遠出(2)

2007-09-16に走った記録。

国道473号から国道150号に出て海岸線を東に走る。飛ばすだけのバイパスではなくて一般路を通りたかったが、流れが悪くなってきたので焼津周辺から国道1号(静清バイパス)に入る。後で知ったが、このあたりにある高草山は夜景がとてもきれいということだ。地図を見ると阿部川流域にも楽しそうな道が多そうだが、山には雲がかかっていて、おそらく雨じゃないかと思って今回はあきらめる。

宇津ノ谷トンネルでは旧道に入り、「大正のトンネル」を通る。峠を越えてバイパスに戻ると、両側の山に道が付いているのが見える。まず北側に登ってみる。山はみかん畑で、やがて行き止まり。同じ道を下る。北がだめならこんどは南。バイパスの南側を逆川沿いに走っていくと、農道の入り口がある。ここは大当たりで、みかん畑を上り詰めると太平洋側の眺望が開けた。おそらく舟川という場所だろう。夜景もすばらしいはずだ。舟川沿いを下り、静岡市駿河区丸子あたりに出る。舗装してあって狭い道はアドレスが得意とするところだ。シフトやクラッチ操作を気にせずにつづら折りを走れる。

太平洋岸自転車道を横切って静清バイパスに戻った。このあたり、なぜか甘味処が多く、他に何もないところにけっこう人が集まっている。駿河っ子は甘みがお好き?あと、とろろ汁の店も多い。偶然前を通った「丁字屋」には老舗の貫禄があった。

清水を過ぎるとバイパスは海岸沿いになる。由比が近づくと山の上にちらちら見えるガードレールが気になる。雲も少なくなったので、ここはひとつ登ってみるか。

静岡はアドレスで走ると楽しいところばかりだなあ。

2007年9月17日 (月)

2007-09-17 遠出(2)

遠出(2)

十分も待ったら霧雨になったので出かける。国道1号箱根の東京側はものすごい曲路で、よくぞ道を付けたと改めて感心する。芦ノ湖を過ぎて三島側の下に入ったら霧だ。すぐに濃くなって、朝なのに視界は50mもないくらい。米のとぎ汁の中を走っているようで、自分の目の前が心配になる。後ろから大型トラックが走ってきたので、アドレスを登坂車線に入れて先に行ってもらう。商業運転手は走り慣れているから、後をついて行ったら谷底だったということはないだろう。

こういう走りをすると心の余裕がなくなりがちで、無意識のうちに呼吸が浅くなっている。
「あ、これはよくない」
と思い、ときどきゆっくりと深く息をする。

国道1号の三島側下りは10kmもないくらいだが、ずいぶん長く感じた。

三島から沼津を過ぎてしばらく行くと1号線はバイパスとなって、車の流れは 70-90km/h になる。アドレスにとっては高回転を連続して使う試練のコースだ。路面状況が良いので不安なく走れるが、速度計の 80km/h を超えないように注意した。特に長い下りや追い風のトンネル内は危ない。300km走って終わりのレースならずっと最高回転でもいいが、アドレスは日常の道具だから...。

途中富士川河口付近の「富士道の駅」で小休止したら雨が強くなり、30分ほど様子を見る。ちょうど止まっているときで助かった。

掛川市八坂の八坂インターチェンジ(少し東京側に立派な「道の駅掛川」がある)で下り、御前崎方面に走り出す。午前11時だった。

地図を見ないで思いつくままに走ったが、この区間が今回のハイライトとなった。東海道線の菊川から国道473号に出るまでの広域農道ではないかと思うが、茶畑の中をゆるやかに曲がって続く道がはるか先まで見渡せて、以前行った英国南部の田園のようだ。少しずつ高度を上げるので、東名高速やJR線、その向こうの山まで見渡せる。

国道473はバイパスを整備中で、区間開通しているところを走った。ほとんど車が走らない山間の直線路で、開通した当時の横浜横須賀道路にちょっと似ている気がした。

このあたりは走っていると開放感がすばらしい。丹沢や奥多摩とちがって、ゆるやかな山に茶畑が続き、春秋の頃なら走っているだけでうれしくなるはずだ。ぜひまた探訪したい。

※ この日通った茶畑は牧之原地区。荒茶(発酵→蒸しまたは煎り→揉みまで加工した茶)生産高日本一。米どころ、ワイン原料のぶどう畑、茶畑と、生産農場を走る道はみな気持ちがいい。

※ 伊藤園のサイト「お茶百科」はとても興味深かった。鹿児島が静岡に次いで日本第二の産地とは知らなかった。

2007年9月16日 (日)

2007-09-16 遠出(1)

いままでは朝ゆっくりと出て午後すぐに帰り着くコースばかり走っていた。暑さもやわらいだので、少し遠くに行ってみたくなった。

午前5時に出発して西へ。小田原厚木道路の側道から見事な虹が見えた。虹が地面から立ち上がっているところを見たのは初めてだ。虹の背後に山や民家が透けて見える。日の出直後だと日光の入射角が小さいので立派な虹になるそうだ。

虹は国道1号に出てからもずっと見え続け、小田原についたときには私の位置・向きの関係で完全なアーチになった。外側にも薄いがもう一本アーチがある。ここまでみごとな虹は生まれて初めて見た。

虹がかかるということは空気中に水分が多いのだろう。案の定箱根湯本から雨になった。屋根のある駐車場に逃げ込んで少し待つ。

2007-09-16 曽我方面(4)

松田山から下りて再び246号線の東京方面に入った。チェックメイトカントリークラブ入り口からもうすこし東京よりの「寄入口」を北に入る。この道はアドレスにぴったりのワインディングで、すでに二度来ている。無理せず軽快に向きを変える練習をする(深々と倒し込むよりは、切れ味よく向きを変えるほうが楽しい)。

終点は林道入り口だが、一般車は通行禁止。残念。
Kuma

2007年9月15日 (土)

2007-09-15 曽我方面(3)

2007-09-09 に走った記録の続き。

曽我に下ってから国道255号を北上し、籠場から246号線の厚木・渋谷方面に入る。山に登る道をねらって、最初に左(北)に入る道を上ったが、これはゴルフ練習場で行き止まり。次の登りはチェックメイトカントリークラブ入り口だ。この道は舗装してあって走りやすい。かなりの勾配でどんどん登り、期待を抱かせる。

途中何カ所か景色のよいカーブを経てカントリークラブに至る。この道沿いに不思議な物を見つけた。路肩に何本も鉄柱が立ち、それぞれに中華鍋のようなものが乗っている。町内会かボランティアと見られる一行が磨いたり黒の塗装をしている。

しばらく走って疑問は解けた。石碑が建っていて、夏の終わりに松明(たいまつ)を灯す晩があると刻んである。いわれは不詳。今年は8月25日だったようだ。http://town.matsuda.kanagawa.jp/event/event.html

松明が下から見えるだけあって、ここからの眺めはすばらしい。金時山、明ヶ岳から小田原の海までが眼下に広がる。

カントリークラブを過ぎるとこの道はやがて行き止まり。その手前に左に折れると農道があるので、そこを下ってみる。ここも相当急な坂で、道幅は軽トラックがやっとだ。途中いくつも分岐があるが、適当に選んで走ると無事に東名高速の側道に出る。松田山ハーブガーデンの近くだ。

この日は登って下りる小コースを二つ通ったが、豊かな緑、乱舞するトンボ、目の前に開ける景観を楽しめた。対向車は皆無だし、前後にも自動車・二輪車はいなかった。みんなもっと名の知れた観光地に行っているのだろうか。

地図を見ると松田から山北あたりにけっこう旧道や農道がある。近いうちにまた走ってみよう。

2007年9月10日 (月)

2007-09-10 曽我方面(2)

皆さんには経験がないだろうか。たとえば、高速道路で渋滞になり、ふと外を見ると山の上に電波中継所があって、白いガードレールがちらりちらりと見える。

今回松田あたりで山に登ろうと思ったのも、「この上には、あの向こうには何があるんだろう」という思いからだ。私にとって二輪車はこの思いをかなえるのに格好の道具だ。

地方道を走りながら上方に伸びる道を探しては入り込んでみる。行き止まりになるときもあるが、「当たり」を引いて高台まで走れるときもある。農作業用の軽トラックがようやく走れる幅で、ものすごい勾配だったり半分草木に覆われていたり、谷側がすっばりと断崖だったり。

高台は風の通り道だ。遠くで川がキラキラ光っている。カラスが眼下を飛んでいる。トンボが無数に飛んでいる。

アドレスよ、よく登ったなと声をかけたくなる。

2007年9月 9日 (日)

2007-09-09 曽我方面(1)

午前中に一回りできそうだ。さて、どこにしよう。最近2度続けて行った青梅方面も魅力的だけど、時間がちょっと厳しそう。欲張らずに神奈川中央・西部をちょこっと走ることにする。

いつもは国道246号線を走るけど、今日は厚木から小田原厚木道路の側道を使う。この道は高校生の頃原付で走る「ハイウェイ」だった。天気がいいとこんな平凡な道でもとても気持ちいい。ああ、神奈川も緑豊かだなあと思う。

平塚ICから県道62号で金目川沿いに少し西に行き、土屋橋で左折して県道77号に入る。この道は最近とても気に入っている。海に近いからか、奥多摩と違って山並みが何となくやわらかいような気がする。

途中雑色というところで広域農道やまゆりラインと交差する。左(小田原方面)へ入って坂を上る。この道は隠れた名ドライブコース(私が言っているだ け)で、見晴らしがよく交通量がとても少ない。おそらく信号は県道と交差する1~2カ所しかないはずだ。今日は坂を上ったら右に入る狭い農道を見つけた。

しばらくは人家もあるが、途中から完全に林の中の農道(対面交通不可・舗装)になる。台風9号の強風で落ちた枝や葉で道はびっしりと覆われていて、舗装はしてあっても二輪駆動の自動 車ではちょっと無理ではないかと思った。アドレスもフロアボード下面に枝がバキバキ当たり、メインスタンドにはさまったりした。農道とはいっても登山路に 近い。途中何カ所も分岐がある。

どんどん標高を上げていって南側斜面に出るとすばらしい景色でヤブこぎのような走行が報われる。酒匂川、国道255号、JR御殿場線がずっと下に見える。左に目をやれば太平洋だ。

ものすごい下り(階段のような)*をブレーキを握りっぱなしで下ると曽我神社や法輪寺に出た。

きまハイさんのサイトの「最明寺史跡公園から西平畑公園へ」に紹介してあるあたりを走ったものと思う。

* ものすごい下りには「物言い坂」という名があった。今でも大変な坂だが(自動車ならリミテッドスリップデフ必須)、農道整備前はもっとすごかったらしい。荷揚げの子馬が上ろうとしないとき、母馬が耳元で何か言ったら子馬が歩き出したということだ。

2007年9月 2日 (日)

2007-09-02 ちゃんと動作

相模鉄道船西谷駅から歩いて2分のコーヒー豆店「横浜ローストカフェ」に出向いた。駅前商店街が祭りで通行止めなので、駅の近くにアドレスを停めた。

戻ってくると「ビ・ビ・ビ・ビ」と甲高いホーンの音。みこしを通すためにアドレスを何人かでかかえて動かしたら盗難警報が鳴ったのだ。

ちゃんと動作するのだな。ただ、もう少し大きな音のほうが良いような気がする。

横浜ローストカフェで買った南米グァテマラ国ウエウエテナンゴ地区のコーヒーは気品があってすっきりと甘い。

2007年9月 1日 (土)

2007-09-01 機械は変化しないが

キャスタ角やトレールなどは短い間に変わったりしない。でも、同じ道を走っても感覚が違う。買い物のついでにナイショのワインディングを二往復ほど流したけど、なんだか「乗れていない」感じだった。すっと倒しこんで軽々と曲がっていくあの感じじゃない。

これは人間の側の問題なんだろうな。気になったけど、こういうときにはあまりこだわらずに引き上げたほうがよさそうだ。肩に力が入っているわけでもないんだが...。

車の設計方針と違う走りをして文句言ってもしかたがないが、そこそこの速度でコーナーを走ると気になることもある。

サスペンションはもう少ししなやかなものが欲しかったかも。マンホールが続くコーナーを通ると強いショックが伝わってきて危険信号だ。その衝撃でフレームがよじれるのもはっきりとわかる。まあ、車輪径が10インチだからしかたがないところもあるが。

普段は不満を感じない前ブレーキも、ペースが上がってくるともう少し初期の食いつきが欲しいところ。けっこう握力が必要で、軽い車体の利点を生かしきれないと思う。

用途外に使うとこんな不満も出るが、総合的にはすばらしい車だ。これほど「軽快」という言葉があてはまる二輪車はそうそう見つからないと思う。何も考えなくても交通の流れに乗っている(その気になれば先に出るのも簡単)。3千キロほど走ったが、いまでも30km/h くらいから加速するときはなんだかわくわくする。急な登りでどんどん加速するのもありがたい。

理容室やスーパーに行っても駐車に苦労しないし、歩行者に威圧感を見せないのもいいところだ。

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